苦い想い出になるが、今となっては大切な学びだったので記しておく。これも数年前のお話。
仲の良い友人がいた。一回り年上のA美。わたしが仕事を辞めて次の仕事を探していた頃に、当時学んでいた心理学のスクールで知り合った。A美は時々知人からのお願いで日雇いのバイトをするくらいの専業主婦だったので、彼女とは週に1回以上は会っていた。スクールの講座で会い、帰りにカフェに行っておしゃべりをする。スクール以外でも一緒に旅行に行くほど、仲良くさせてもらっていた。
わたしとは違い、どんどん交友関係を広げていける人だった。昔はそうでもなかったみたいだが、子育てがひと段落して自由な時間ができたせいか、たくさんの人に出会って話し、楽しそうなところに顔を出しては自分も一緒になって楽しむのが好きな人だった。純粋で、共感力もあって、人の苦労話に耳を傾けては一緒に泣くような、やさしい人だった。
彼女はとても明るくて、人氣者だった。イベントや講座の場にいると盛り上げてくれるし、彼女がいてくれるだけで癒される。間違いなくみんなから愛されていた。
そんなとき、事件は起きた。
A美が海外旅行へ行っていたので、しばらく会わない日が続き、帰国した頃にいつものように電話がかかってきたのだが、なんだか様子がおかしい。様子がおかしいのはわたしだった。A美から発せられているもの(エネルギー)が、氣持ち悪い。「嫌な予感がする」ときや、「関わってはいけないものがいる」ときに起こる胸騒ぎがしていた。彼女は相変わらずいつものようにハイテンションで話し始めた。
「本当にこの人たちがおもしろい人たちでね、すごく良い人たちで、深海ちゃんにも紹介したいの!」
「とにかく話しを聴いてほしいの!」
「そこで扱っている商品がすごくてね、本当に地球の未来のことを考えられているんだよ!」
捲し立てられて聴いていれば、いつの間にかネットワークビジネスに誘われていた。なんだか怪しいグループがA美の身近にいるらしいことは聴いていたが、ここまでどっぷり浸かっていたとは知らなかった。
断っておくが、ネットワークビジネス自体を悪く言うつもりは毛頭ない。一応、合法だからだ。でも、正直良い話はほとんど聴いたことがない業態であることも、念のため添えておく。
「深海ちゃんのことを話したら、深海ちゃんにもぜひ会いたい、使ってほしいって言ってるの!」
勝手に人のことを言わないでほしいと思ったが、もう遅い。
「B子さんがね、わたしと深海ちゃんはすごく縁が深くて、アルクトゥルス星から来たスターシードなんだよって教えてくれたの!だから、深海ちゃんも一緒に(ビジネスを)やろうよ!わたしたちは運命で結ばれてるんだって!」
B子というのは、件のネットワークビジネスを牛耳っている女性で、”視える”らしいという噂を聞いてはいた。同じ心理学のスクールの、県が異なる別の教室で学んでいたB子のことは詳しくは知らなかったが、わたしはB子をスクールのイベントか何かで見たことがあったが、良い印象を持たなかった。A美はいつの間にか完全にB子を崇拝していたらしい。胸騒ぎの正体はこれだ。A美から発せられていた氣持ち悪さの正体───それは、”洗脳”だった。
「A美ちゃん、それ大丈夫なの?その人の言っていること、おかしいと思うよ」
「どうして深海ちゃんまでそういうこと言うの!?わたしたち友達でしょ!!」
既に誰かから否定されたのだろう、同じようにおかしいと言うわたしにA美の声色は変わった。
「友達だからだよ。友達だから、おかしいと思ったらおかしいって言うよ」
「わたしたちはご縁の深いスターシードなんだよ!?おかしくないよ!こんなに仲良しなんだもん!一緒に地球で良いことしようよ!とりあえず、この商品を買ってみて!お願い!」
「要らないってば。本当にそれ、おかしいよ。本氣でその人の言うことを信じてるの?」
「使ってみたらわかるから!絶対、深海ちゃんならわかるから!」
会話にならなかった。こんな押し問答を3時間し続けた。最後には、「必要になったらわたしから連絡するから。今日はもう勘弁して」と言って、強引に電話を切った。
これが、あまりにあっけない、彼女との最後のやりとりだった。
崇拝や傾倒は本当に危うくて脆いと知っていたが、身近な、それも大好きな人が、こうも簡単に転げ落ちていくのを目の当たりにして、本当に苦しかったし悔しかった。どこでどう間違えたんだろう?何があったんだろう?言葉になるものもならないものも、全身を駆け巡っては行き場を失い、どっと疲れたのも束の間、翌週になってさらに事件は悪化していた。
スクールのミーティングに呼ばれたのだ。オンラインだったが、運営陣の中にわたしも入っている。どうしたのかと思うと、A美の名前が出てきた。
「会員のA美さんが、このスクールで知り合った人に声を掛けてお茶に誘い、ネットワークビジネスを広めようとしています。規約でそのような行為は明確に禁止していますが、ここ数日で何件も苦情がありました。長年の生徒さんも「彼女がいるなら辞める」と言っています。既に何名か退会したいと申し出がありました。深海さん、仲が良かったと思いますが、何か知っていますか?」
言葉にならなかった。当然だが、どんな組織や学校でも、勧誘や営業目的でその場を利用することは規約で禁止している。そんなルール違反までしていたことを知り、わたしは画面越しに泣いた。
「先日、ものすごい勢いで電話がかかってきて、勧誘を受けました。あのときのA美さんの様子は異常だったと思います。3時間説得を受けましたが、わたしは断って一方的に電話を切りました。そんなことになっているなんて知らず、すぐにご報告すればよかったです。ごめんなさい」
わたしも被害者の一人であったが、いたたまれなくて泣きながら謝った。もちろん、責められることはなかったし、むしろ、「深海さんは仲が良かったから、ショックだよね」と慰めてくれた。
その後彼女はスクールに呼び出され、事実確認を迫られるとしらばっくれ、苦情が出ていることを知らせると悪態をつき、退会させられたが悪びれもせず、謝罪もなかったという。そんな人じゃなかった。少なくともわたしの知る限り、そんな人じゃなかったのに。
スクールに在籍していたB子とB子の取り巻きたちは、事件が発生するや否や自主的に散っていったらしい。「まずい」と思ったのだろう。悪い奴らは、いつだって逃げ足が速い。
こうして彼女はものの1~2週間足らずで、つくり上げてきた信頼関係、人間関係のすべてを失うことになったのである。
純粋さ、あるいは高潔さなどは人間にとってとても素晴らしい一面である一方で、”穢れ”を知らない場合、それらは転じて狂氣となることがある。
A美は純粋さゆえに、まっすぐにB子を信じて洗脳された。10階建ての建物の屋上から落ちたものと、階段一段分の高さから落ちたものでは壊れ方が違うように、穢れを知らない純粋さや高潔さであればあるほど、落ちたときの変貌ぶりは全くの別物だ。よく、”ネガティブ”はダメなことだと勘違いしている人が多いが、そういう人は”ポジティブ”でいようとするがあまり、自身の中のネガティブを排除しようとする。でもそれは大いなる間違いである。ネガティブを排除しようとすればするほど、この世界ではバランスを取ろうとネガティブを取り込む。つまりは陰と陽、どちらも必要だからである。純粋な人でも高潔な人でも、世の中には穢れというものが存在していることを”真に”理解していたら、A美のような転落は起きないだろう。
極を知って、中庸を知る。プラス(ポジティブ)もマイナス(ネガティブ)も知らなければ、真ん中(ゼロ)はわからない。
A美がどう唆されたのかは知らないが、スピリチュアルが好きだった彼女にとって、B子のような”能力者”は魅力的に映っただろう。しかしわたしは、B子が能力者だったとは思っていない。むしろペテン師だと思っている。
なぜならB子が言っていたという、わたしとA美が「アルクトゥルス星から来たスターシード」というのが、嘘だからである。A美のことは知らないが、わたしは少なくともアルクトゥルス星出身ではない。ここに特筆すべきことではないから書かないが、自分のことは自分でわかっている。
スピリチュアルというのは、本当に詐欺に使いやすいなぁと思う。「あなたはアルクトゥルス星出身です」と言われても、否定する根拠もなければ肯定する根拠もない。そうだと思う人にとってはそうだし、そうでないと思う人にとってはただのデタラメ、噓八百である。こういう人たちがいるからスピリチュアルは未だに怪しいし、関わりたくない業界だなと思ってしまう。わたしはスピリチュアルが好きだし、本質だと思っている。でもどうしても、この”業界”とは関わっていたくない。
妄信、崇拝、傾倒は危うい。スピリチュアルが詐欺に使われるときというのは、決まってこれらと共にある。「この人の言うことならなんでも信じる」「この人は絶対だ」というのは、「わたしはわたしのあらゆる決定権をあなたに差し上げます」と言っているようなものである。確かに、靈能者でも一目置かれる人もいる。すごいなと思う人もいる。そして、そういった目には見えない力に憧れを抱く人が一定数いることもわかっている。だから、そういった人たちに興味を持ちSNSなどの発信を観たり、直接会いに行って話を聴くのは、何も悪いことではない。でも、どんなに優れた人であっても、どんなに尊敬に値する人であっても、絶対にあなたのあらゆる決定権を渡してはいけない。どんなに尊敬する人からのアドバイスであっても、鵜呑みにしない。ありがたいメッセージ、アドバイスとして聴き、採用する前に自分でよく考えること。検証すること。自分がどう感じているか観察すること。自分の中できちんと咀嚼する必要がある。内省する必要がある。しかし、妄信、崇拝、傾倒があると、これができなくなってしまう。
この世の中に、「絶対」なんてものは存在しない。スピリチュアル業界は靈能力が高い人ほど崇拝されやすい。もちろん人として慕われることは誰だって嬉しいが、崇拝されることとは全く別物だ。本当に真理をわかっている人は、崇拝なんてされたって何一つ嬉しくない。儚い人生の中、ほんの少しの時間だけご縁をいただけた目の前にいるあなたが、あなたの人生を自分事として捉え、あなたの人生に責任を持ち、あなたの人生を一所懸命に生きることが、何より嬉しいはずである。明るく、楽しく、笑顔に溢れ、幸せに暮らしていってくれることが、何より嬉しいはずである。
崇拝されることに快感を覚え始めたらそれは、”傲慢”の始まりである。そんなチャネラーやスピリチュアルカウンセラーは多い。
わたしは、自分が感じる「予感」を無視しない。悪意、不浄、穢れ、関わってはいけない何かが迫っているとき、わたしは嫌な予感がする。胸がざわざわする。言語化が難しいが、そんな感覚がある。それをわたしは、絶対に無視しない。これがわたしの靈的な意味での個性でもあり、そうやってわたしは守られていることを知っているからである。
話を戻そう。仮に、B子が言っていたことが本当だったとしても、A美が一人の善良な人間として行動したかというと、疑問が残る。
いくらスピリチュアルに精通したとて、この地球で現実世界(人間社会)を生きていくことには変わりないのである。従って、人様がつくったコミュニティ(今回の場合はスクール)でルールを破り、代表を始め関係者各位に不快な思いをさせることは人としてどうなんだよ、と道徳を問われるのが関の山なことくらい、通常の思考が残っていればわかることだった。でもそうはならなかった。「考えなくていい!」「頭を使わず直感で生きるんだ!」などと口当たりの良い言葉だけを都合よく解釈して、スピリチュアルを上っ面で使った結果がこれだろう。
人に嫌な想いをさせることを、神は、宇宙は、お望みだろうか?
人に嫌な想いをさせてまで語る”愛”とは一体なんだろうか?
A美の純粋さを鑑みると、彼女は本当に純粋にB子を信じ、心の底からそのビジネスを良いと思い、勧めまくったともいえる。だが、スクールに呼び出された後の彼女はどうだったか?人に嫌な想いをさせている、それも何人もの苦情を受け、スクールからは生徒が去るという被害まで与えているのに、「わたしは悪くない」と自分の正義を一方的にかざして悪態をついたのである。
正義と正義がぶつかり合うことはよくある。争いや諍いの根源はここだ。でも、そこに真の”愛”があったならば、長年お世話になったスクールで、しかも心理学を学び人間関係に生かそうとしている場において、あんな別れはなかったのではないかと今でも思ってしまうのだ。
信頼は、失うときは一瞬だ。使い古された教えだがシンプルな真理だ。スクールを去ったA美はあの後ネットワークビジネスの世界ですぐにトップになって表彰もされたという。しかし内部でB子と揉めて、居づらくなっていつの間にかいなくなったと風の噂で聞いた。スクールで付き合いのあった人たちからは縁を切られてしまったし、どこで何をしているのか誰も知らない。どんなに魅力的な人でも、信頼を損なうことをすれば、皆一斉に離れていく。せっかく繋いだ縁も、切れてしまう。
わたしは、彼女のことは大切な友人の一人だと思っていた。だから、おかしいよと言った。それは間違っているよと言った。でも、彼女は誰の話も聞き入れなかった。そして暴走し、どこにもいられなくなってしまった。それが彼女にとって必要な学びだったのであると思うから、どこかであの出来事を内省し、反省すべきことがあるなら反省もして、どこかで幸せでいてくれたらいいなと今は思っている。
A美やB子の対応が真の”愛”に基づいていたとはわたしは思わないが、この出来事が宇宙からの”愛”だったのかを考えてみると、答えはYESかもしれない。
わたしたちにとっても、大きな学びだったからだ。
A美やB子はある意味で、ある一面からは”悪役”だった。わたしたちに善悪を考えさせ、純粋さを考えさせ、陰と陽のバランスを考えさせ、スピリチュアルと人間社会での実生活との乖離を考えさせた。
人間関係がこじれにこじれたとき、人間には時間という薬が必要である。わたしが今こうして言葉にできるようになったのは、時間のおかげである。わたしは全然出来た人間ではないから、A美ともしばったり街中で会って話しかけられても、あからさまに嫌な顔をして無視したに違いない。でもこうやって学びを昇華させることができたら、わたしはやっと赦せるのだ。
A美のことも、A美を止められなかった、自分のことも。
【赦し】洗脳で盲目になった友人の典型的な末路

コメント