翌日になって、A子さんからメッセージをもらった。
昨日はありがとうございました云々、挨拶と御礼の文章が冒頭数行を埋めていた。
「昨日帰ってから、あの義母が、「A子ちゃん、今まで、ごめんね。本当にごめんね」と、何も言ってないのに、謝ってきたんです。一瞬何が起こったのかわかりませんでした」と。
理屈で説明できることではない。しかし、あの勉強会での出来事がそうさせたのだということは、わたしにもA子さんにもわかっていた。
この一件があってから、A子さんとは時々会って話すようになった。お義母さんのことだけでなく、さまざまな雑多なこと。年齢は離れていたが、すっかりお友達のような関係になった。
お義母さんはというと、謝罪のあとはすっかりおとなしくなった…というわけにはいかないが、以前とは別人のように後ろをついて歩くことはなくなり、一緒に暮らすことが少し楽になったということだった。
「本当によかったですね」とわたしが言うと、「深海さんのおかげだよ」と御礼を言ってくれるのだった。
そうこうしているうちに、コロナの流行があった。自然、A子さんと会う機会はなくなり数年が経ち、そんな出来事もすっかり忘れていた。だがある日、再びA子さんからメッセージが。
「昨日、義母が亡くなりました。あんなに恨んでいたのに、今は冷静に送ることができてホッとしています。あの時、深海さんに氣持ちの浄化をサポートしてもらわなかったら、こんなに穏やかな氣持ちで、「お義母さんありがとう」って氣持ちで、送ってあげられなかったと思います。本当にありがとう」と綴られていた。
このメッセージをもらうまで、あの日のことは忘れていた。それくらいがちょうどいい。人間、自分が差し出したことは早く忘れるほうがいい。でないと、簡単に傲慢になる愚かな生き物だから。
義理の親子とはいえ、どういう因縁があったって、A子さんとお義母さんの間に縁があったことは間違いない。あの出来事の後も、すごく関係性が良くなったというわけではなかった。でも、最期に穏やかな氣持ちで、感謝の心で見送ることができた。それは本当にお二人にとって良かったと思うし、何よりA子さんの日頃の努力の賜物でしかない。「終わり良ければ総て良し」とはまさにこのことで、ささやかであれ爽やかな氣持ちでお送りする一助になれたんだと、わたしも嬉しくなった。
世間には、たくさんのA子さんがいると感じている。それは、単に親子関係に悩んでいるという、問題の関係性にだけ着目したことだけでなく、もっと広義の意味でのA子さんである。氣づかないうちに何かに執着し、長い時間握りしめ続け、自分で自分を苦しめている。今回の話は一例に過ぎないから、本当に多種多様な執着があるし、なかなかに向き合うのが難しい問題ではある。
しかし誤解を恐れずに記すと、そういう状態であっても、何も問題はない。
己の執着に氣づいていようがいまいが、「変えたい」「変わりたい」と思った瞬間から、その執着を手放すプロセスを進むように、ちゃんとなっているから。どんな方法で、どんなタイミングで、手放す瞬間が訪れるのかは神のみぞ知ることだが、大丈夫。恨んでも、悲しんでも、怒っても。人間はいつでも、変わっていける。
あなたには、手放したいものはありますか?
【執着の手放し方(前編)】不思議な話#1はこちらから
【執着の手放し方(後編)】深海の不思議な話#2

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